オタクですがママ業やってます

絶賛、子育て中の甘党・コーヒー派、BL好き。子育て情報・趣味など綴ります。

社会貢献はすべきなのか?しない人はダメなのか?

タイトル通りなんですが・・・

私個人の意見としては、人は何らかの形で社会貢献すべきだと思っています。

人は生きている限り、誰かの力を借りています。

生きてきた過去も、生きている今も、これから先も

一人では生きていけなくて、誰かの力を借りる日々になります。

ですから、誰かに対して、自分のできる範囲で社会貢献すべき。

そうすることで社会が成り立つと思うんですよねぇ。

 

seramayo.hatenablog.com

 

こんなブログを読みました。

超底辺の国立大を卒業した私にしてみれば

京大出て働かないの?! もったいない!!!!!!

ですよ。

 

意識・価値観の違い

京大ですよ! 天下の京大! 頭脳明晰な人しか入学・卒業できない大学

 

京大を卒業したんだから、普通の人以上の頭脳を持っている。

その頭脳を使えば、多くの人の生活や日本をよくすることができるんじゃない?

 

そんな風に第三者が感じるのは当たり前ではないのか?

専業主婦は悪いことではないし、それで家族のために毎日汗を流すこともいいと思う。

でも「社会に出て、誰かのためにその頭脳を使う、ということを期待されている」ということが理解できないのかな?

 

大学に入学したのは本人の努力が大きいと思う。

でも、ね。

 

入学するまでどれだけの人が支えてくれたか。

卒業まで指導してくれた人がどれだけいるか。

そうした人達が生徒になにを期待していたか。

 

そこに意識が向かないのかな?

そうした人達に直接、恩返しする必要はないけど、

誰かになにか手を差し伸べよう、とは思わないのかな? 

 

私は大学4年生の時に恩師に言われたよ。

 

就職氷河期の今、ひとつでも就職先を開拓し、

後輩の就職先をできる限り開拓しろ。

 

これまで多くの先輩達がチャレンジしてきて、お前達自身、その恩恵を受けている。

(実習とか、特別講習とかで、いろんな人と触れ合い、経験することができている)

恩恵を受けるだけ受けて、はい、サヨナラはダメだ。

後輩に向けて、ひとつでもなにか残してから卒業しろ!

そういう気概を持て!

 

ちょっと古い考え方の先生だったかもしれません。

でも、もっともだ、と思いました。

で、私は大学初の某所に就職し、後輩に就職体験話をしたり、

職場訪問の手助け、橋渡しをしたりしています。

就職したからこそ、こうした後輩の役に立つ、ということができました。

 

学部によっては就職率が30%を切るような就職氷河期でしたから、

新卒で就職にみんな命を懸けていました。

就職できなかったら、もう、人生終わった、みたいな・・・。

だから、就職先・選択肢を広げる、というのは本当に大事なことでした。

内定お断りメールを送れるような今じゃ、信じられないかもしれませんが・・・。

 

誰かの役に立つ。

親族・家族以外の誰かのために動く

こうしたことに価値や意義を見出すことも大切だと思うんですよね。

 

危機感の有無

このブログを書いた人は恵まれていたなぁ、と私は思いました。

だって、働かずに専業主婦になって生活できたんですから。

その幸運を自分のものとして受け入れてもいいと思います。 

 

ただ、そういう恵まれた環境の人は少ないと思います。

だから嫉妬されたり、貴女は苦労がなくて幸せね、と嫌みを言われたりするんですよ。

 

私は実家から大学に通いましたが、毎月の学費はアルバイトで稼ぎました。

大学が休みの時は短期集中でアルバイトして家に生活費を入れていました。

年下の兄弟が居て、その学費がどれくらい必要か、イヤと言うほど親に聞かされていましたから。

 

就職氷河期でも就職浪人せずに家を出て自立しなければいけない。

就職は絶対!

場合によっては、兄弟の学費を捻出できるような社会人にならないといけない! 

そんな危機感を感じていたので、偏差値底辺の大学でも就職必死でした。

 

そういう危機感がない恵まれた環境だったんだろうなぁ、と思います。

ある意味、羨ましいです(^^)

 

必死になって履歴書書いたり、落ちたら次どうする、とか。

どこも引っかからなかったら自衛隊に入って、とりあえず家出ても食っていけるように歯、食いしばろう。そんな覚悟を決める必要なんて無かったんだろうなぁ。

 

危機感がなかったから、卒業→仕事せずに主婦、という道を選べた。

また、そういう環境が整っていた。それだけなんでしょうね。

 

どんな道を選ぶのも自由。

ただ、沢山の人の手を借りて手に入れた環境を

「自分が手に入れたものなんだから、自分の自由にしていいでしょ?」

「他人がどうこういうなよ! それはタダの嫉妬」

「人の幸せをねたむな!」

そんな風に上から目線で言うのはいかがなものか、と思う。

 

世の中にはいろんな人がいて、いろんな状況があって、

誰しも人と繋がって生きている。

誰かに手を差し伸べる、ということは忘れないで欲しい。

 

言われたからやる

 

頭脳明晰な人間には、そんなことではなくて

 

自分だからできること

 

を見付けて実践して生きていって欲しいと思う。

 

「京大出て専業主婦なんてもったいない」と言う人は、

じゃあわたしが何をすれば許してくれるのか

 

就職氷河期の中、必死になって就職先探して、最後は

陸上自衛隊に入隊して、土砂崩れの現場にいの一番に飛び込んだり、

銃抱えて海外派遣されることも覚悟しよう

と腹くくっていた大学4年生の私がこのブログを読んだら

ナメた事言ってんじゃネェよ! その頭、どうやって使うかテメェで考えろ!

ですよ・・・。

 

いや、いいんですよ。専業主婦に誇りを持っていて、全力を注いでいるなら。

胸張っていればいいじゃないですか。

それなのに、なにを他人を見下した事言っているの?

世間の皆に「素敵な人生ね♪ 幸せね♪」と認めて欲しいのかな?

 

ちょっと視野が狭いなぁ、と思います。

 

親としては子には社会貢献して欲しい

 今、私は子どもを二人育てています。

そりゃぁ、苦労が少なくて幸せな安定した環境を得られれば素敵でしょう。

でもね。

私は、無人島でも、一人でも、雑草のように強く生きていくぜ! くらいに強い心を持った人になって欲しいと思っています。

 

そして、なにか人の役に立てる人であって欲しいと思っています。

誰かのために、できる範囲でいいので何かする人であって欲しい。

 

使える頭脳があるなら、それを使って誰かを喜ばせて欲しい。

家族以外、一人や二人でもいいから、喜ばせられる人になって欲しいです。

 

なにができるか、というのは、本当に人によります。

でも、勉強して、高い学力・肩書きを持つ人なら、その頭脳を活かせるんじゃないか。

勝手なことを言うな、といわれるかもしれませんが、

他人は勝手にそういう期待を持つものです。

 

自分にとっては当たり前のものでも、

見る角度が違えば「宝物」に思えるものもある。

そして、「宝の持ち腐れ」と言われることがある。

 

そう言われることって、ある意味「高い評価を受けている」と喜んでいいと思う。

できるなら、その期待に応えてあげたらいいんじゃない? と思う。

その学歴があるからこそ、できることって沢山あると思うんだ。

 

ただのペット好きが「犬のしつけ方」って言っても説得力無いけど

ドッグトレーナーという資格を持っている人が「犬のしつけ方」って言ったら説得力があるでしょう?

 

なにか、そうした説得力ある方法で社会貢献して欲しい。

そういう意識のある人間に育って欲しい。

親である私はそんな風な期待を子どもに対して持っています。

 

 

ざっくりまとめ

 

「京大」という肩書きには力がある。

それを世の中の人のために役立てないのは、もったいないと思う。

そう思う人は多い。

 

できるだけ広い視野を確保して欲しいなぁ。

そして「京大」という肩書きがあるからこそできること、というのを見つけて欲しい。

 

京大卒の専業主婦が語る夫の年収を上げるマル秘テクXXX!

 

とか。

そんな本があったら読んでみたい。

 

京大卒の超頭がキレる妻が、上手に夫を手の平の上で転がし、

会社の上司とか取引先とか、いろんな所と上手に関係を作っていくワザとか、

大学時代の友人関係からいろ~んな人脈を持っていて、実はXXXできています!とか。

 

妄想膨らむなぁ・・・。

人は勝手な期待・勝手な妄想をするもの。

 

「嫌われる勇気」だっけ?

アドラーの心理学とかが注目される世の中だけど、

せっかくの京大卒。その頭脳は世の中の役に立てて欲しいなぁ、と思う一人です。